色々な出来事

僕が遭遇した出来事を書きます

呪縛!全員そう見える

突然ですが、皆さんは「人違い」をしたことがありますか?

街で知り合いを見かけ、いざ近づいてみたら全然知らない人だった。なんて体験、誰もが一度はしたことがあるのではないでしょうか?今日は僕がそんな人違いを通して学んだ事、そして、突然の別れについて話したいと思います。

なお、今回のお話はこのブログで何度か話している心霊体験の続きです。読んでいないという方は下の記事を参照してください。

 

vsmegane.hatenablog.com

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先日、一限目の授業に向かうため、大学構内を一人で歩いていた僕はあることに気づきました。前方、20メートル先からこちらへ向かってきているのです。食堂にて、僕や友人を恐怖させたあの男が。初めての食堂以外での遭遇に加え、僕はいま一人。慌てている間にもどんどん距離は接近!そして、近づいてみて僕はまた気づきました。別人であると。人違いだったのです。

その後、無事に教室へ到着し、先に着いていた友人の隣に座りました。ですが、友人の様子がおかしいのです。不思議に思っていると、友人が小声で耳打ちしてきました。

「教室の端に座ってるあの人、食堂のあの男じゃない?」と。僕が教室に来るまで、友人はドキドキしながら、その男と思しき人物を観察していたのです。僕はレジュメを取りに行くフリをしながら近づき、気づきました。別人であると。人違いだったのです。

朝から僕は路上で。ほぼ同時刻、友人は教室で。それぞれ異なる場所で、同じ「あの男の幻影」に踊らされてしまっていたわけです。

「そんなに人違いする訳ないだろ!」と言われるかもしれません。ですが、僕と友人は食堂での心霊体験を経て、精神的な疲労がピークを迎えていました。食堂でご飯を食べる時にも、すれ違うあらゆる人が「あの男」のように思えてしまうのです。病院に行くべきでしょうか。ですが、医師になんと説明すればよいかも分かりません。「ほんとだもん!本当に幽霊いたんだもん!ウソじゃないもん!」と言っても誰も信じてくれないでしょう。信じてくれる人がいるとすれば、サツキとメイのお父さんくらいのものです。

ですから、僕たちは自分で調べてみました。「誰を見ても、それを特定の人物と見なしてしまう現象」これを「フレゴリの錯覚」というそうです。錯覚とありますが、実はこれは妄想の一種なんだそうです。それを知った時、僕たちは心がスウーッと軽くなるのを感じました。僕たちが踊らされていた「あの男の幻影」は全て僕たちが作り出していた妄想。それに気づいてからは、「フレゴリの錯覚」をしてしまうことはなくなりました。そして不思議なことに、それと同じ頃から本物の「あの男」とも食堂で遭遇することがなくなりました。「あの男の幻影」のみならず「あの男」そのものも僕たちが作り出した妄想だったのかな。それとも成仏したのかな(笑)なんて言いつつ、「あの男」がいない食堂が少し寂しく感じられました。

 

あの男が食堂から消えてしまってから、しばらく経ったある日。僕は教室で一限目が始まるのを待っていました。すると、友人から連絡が。「いま、あの男と同じ電車に乗っている。俺がこのまま消息を絶った場合は、このことを警察に伝えてくれ。」と。

完全に油断していました。「あの男」はまだ成仏などしていなかったのです。僕は正直、この時点であきらめていました。「友人はこのまま一限目には出席できず、謎の失踪を遂げる。そして、友人の次は、僕の番だ。」と。

 

友人は一限目にしっかりやってきました。全くの無傷でした。「約一メートルの距離やったから、間違いなくあの男。最後は全身が光の粒みたいになってフッと消えた。」と友人は言っていました。すみません、後半部分は言ってなかったかもしれません。いや、絶対に言ってませんでした。ですが、多分そうなったんじゃないかと僕は思います。光の粒みたいに。

最終的に、友人も僕も特に厄災に見舞われることもなく、無事でした。では何故、あの男は久しぶりに人前に姿を現したのでしょう?しかも、食堂ではない場所で。

僕は「お別れのあいさつ」をしにきたのだと思います。成仏する覚悟ができたあの男は「初めて出会ったあの日、食堂で僕の存在に気づいてくれてありがとう。」と伝えたかったんじゃ?なんて考えてしまいます。

 

根拠はありませんが、僕たちが食堂であの男を見かけることは、もう無いのだと思います。ですが、僕たちがあの男の事をずっと憶えていてあげることはできます。それが、あの男のためになる。そんな気がします。

ですから明日、食堂に行ったら僕は食堂のおばちゃんに言いたいと思います。

「食堂のテーブルに献花してもいいですか?」と。